楽農学校OB会は、兵庫楽農生活センターの楽農学校の卒業生で構成される集まりです。OB会員同士の親睦や技術の向上、また、兵庫楽農生活センター楽農学校の発展に役立つことを目的に活動しています。
会では、OB会だよりの発行や講習会、兵庫楽農生活センター 感謝祭への出店などを行なっています。楽農学校の修了生なら、どなたでも入会できますので、ぜひ、お気軽にご参加ください。
毎日厳しい寒さが続いておりますが、楽農学校OB会会員の皆様方にはご健勝のこととお喜び申し上げます。
いつも「楽農学校OB会」活動にご協力いただきありがとうございます。
平成25年9月から楽農学校OB会の会長に就任しました名村です。
役員一同、会の発展に少しでもお役に立てればと活動して参りたいと存じます。
この度「兵庫楽農センター」のご協力により、センターホームページ内に「楽農学校OB会」HPを開設させていただくことになりました。
ホームページの活用として会員間の情報の交換などに役立てればと考えております。
例えば、会員の皆様をご紹介させていただき、共感いただければ会員専用のネット掲示板などを通じて、お互いの情報を交換していただければと思っております。
また、OB会行事などの案内などを通じて、参加いただく事によって会員同士の親睦につながればと思います。是非、楽農学校OB会HPをご活用ください。
また、ご意見やご要望などがございましたらお寄せください。
「兵庫楽農センター」及び「楽農学校」のご理解とご協力に感謝申し上げると共に、会員の皆様には更なるお引き立てとご協力をお願い申し上げます。
最後になりましたが、「兵庫楽農センター」「楽農学校」の発展と会員の皆様のますますのご活躍をお祈り申し上げます。
平成25年12月吉日
左から大上富士さん、大上清美さん、籾山真寿美さん、籾山修一郎さん、栗山龍市さん、芝裕司さん
先祖代々受け継いだ畑で、のんびりと野菜や果物を作り、あとはゴルフ三昧。あこがれますよね。
そんな生活を思い描いてリタイヤしたはずが、ぶどうが、約30本、ブルーベリーが約180本、渋柿約50本、栗約20本、みかんとビワ、そしてタケノコ、そば、ニンニク、野菜を栽培。これから活用する予定の畑も合わせると約5500平米。
しかもそれを、荒野の開拓からやってのけた、大上富士(あつし)さんが今回の主人公です。
畑の名前は『ファーム杤原』。
兵庫県の中部で、大阪府と京都府との交点に位置する猪名川町にあります。
広大な畑は、一昨年まではほとんどが荒れ果てた耕作放棄地、いや、笹と木が生い茂るジャングルといったほうがいいくらい。
ファ―ム杤原は、大上さん(73)を中心に栗山龍市さん(65)、籾山修一郎さん(53)、大上さんの妻、清美さん(65)の4人で運営されています。大上さんは、70歳まで関西や東京で電力関係のエンジニアとして会社員生活を送ってきました。出張で日本全国を飛び回る日々でしたが、定年後は、猪名川町の実家に戻り、ゆったりとカントリーライフを楽しもうと思っていたそうです。
勉強熱心な大上さんは、野菜作りの基礎を学んでおこうと、兵庫楽農生活センター「楽農学校生きがいコース」「ぶどうの学校」「有機農業塾」に入ります。最初に「楽農学校生きがいコース」と「ぶどうの学校」で栗山さんと知り合い、その後、「ぶどうの学校」で隣の区画になったのがきっかけで、籾山さんと知り合いました。
移植したぶどう
栗山さんは、ITの世界に身を置いていましたが農業に転身。しかし、事情があり、大切にしていたぶどうの木を手放すことに。
そこで、栗山さんのぶどうを大上さんの畑に移植することになりました。
大上さんの実家に近い畑には冬野菜が育っており、野菜畑を急遽ぶどう畑にするため、野菜の場所替えを行いました。その後、栗山さんのぶどう、大上さんのぶどうに新しく苗木を追加して、ぶどう畑の開始です。
苗木の植え付けは、ぶどう学校の根域栽培法を参考に、トラクターで野菜畑を掘り起こし、防根シートを埋め込み、苗木を植えました。そして、何とか桜が咲く前の休眠期に植え付けを終えることが出来ました。
開拓前の畑
先祖から引き継いだ荒れた原野は広大です。ぶどうを植えた後に残った原野を見ていると、大上さんの脳裏に昔の田園風景の記憶が蘇ります。元は田んぼ。草を刈れば田畑に戻り、果樹が植えられるのでは?と簡単に考えていました。そう、三人は、ブルーベリー、柿、栗、ビワ、等の果樹にも興味を持っていたのです。
開梱時に出てきた巨石
そこで、2016年初夏から、大上さんと栗山さんが、草刈り機で除草開始。
ところが、原野の実態は、草、笹、つる、樹木や巨石、ヘドロ、さらには鹿の巣、蜂と手におえません。次々に襲い掛かる困難と暑さに立ち向かいながら、無我夢中で刈り込むものの、土すら見えてこないほど。
これでは果樹の植え付けどころか、雑草も育たないのではないか?そんな不安と、自然の力強さに対して、自分たちの非力さを見せつけられる日々が続きました。
開拓後の畑(同じ場所で)
その時、農道の補修用に頼んだ重機を見て、大上さんが閃きました。
この重機を原野の開墾にも使おう!当然費用は掛かるが、すでに柿の苗木も注文しており、後には引けない。悪臭のするヘドロを掘り返し、多量のEM菌で浄化し、約一か月かけてようやく果樹なら植え付けられる状態になりました。
もちろん楽農学校で、野菜作りやぶどう栽培は学んだものの、誰も原野を畑にする方法など教えてくれず、すべて手探りで試行錯誤の連続です。
加えて、開墾の様子を見ていた近所の農家さんから休耕地を使わないかと申し出があり、チャンス!と再び閃いてしまった大上さん。気が付くと約5500平米の畑になっていました。
しかし、開墾できたからと言って事はスムーズに進みません。
栽培しようとしていたブルーベリーは酸性土壌が必要とのことで、水田跡地を酸性土壌化。トラクターや管理機を使って整備を続けます。
苗木の乾燥防止と害虫防除のために針葉樹の樹皮が良いと聞けば、2トントラックをレンタル。岐阜県の山奥まで往復8時間以上かけて樹皮を譲り受けに行きました。
また、ぶどう棚作り及び防風ネットや防獣ネットは、全て自分たちで張り、延べ約550メートルにもなりました。かかった費用は人件費を除いてもウン百万円。(でも、業者頼むと、その何倍も!?)
最近になり、雑草も生えて、ようやく畑らしくなってきましたが、人手が足りていないのが悩みのタネ。なんといっても、大きく6か所に分かれている畑を見回るだけでも2時間ほどかかるのです。
でも、そんな苦労も含めて、いろいろな職種や年代の人と仲間になり、新しいことに手探りで挑戦することがとても楽しいと大上さん。
樹皮を株元に敷いたブルーベリー畑
これからの目標は、原野から開墾した果樹園のフルーツを使った猪名川ブランドの加工品や果物、無農薬の有機栽培野菜を販売すること。
のんびりとするつもりが、何かに操られるようにここまで来たのは、自分に与えられた宿命のような気がするとのこと。何よりも自分と同じように田舎の荒れた畑に困っている人は、多いはず。だからこそ、世の中にノウハウが少ない原野からの作物栽培を確立して、そのノウハウを世の中で活用していきたいそうです。
年齢に関係なく、素晴らしい仲間と夢に向かっていく情熱にエールを送ります。
星見美乃里さん
それまでは、神戸市内に住み、神戸にある大手電機メーカーで看護師として勤務されていました。
50歳の時に早期退職に応募。その後、家族の介護をつづけながら、ケアマネージャーの資格を取るなど前向きに退職後の生活を送られていました。
農との出会いは、退職前に友人に誘われて貸し農園を借りたことがきっかけ。
最初はさっぱり野菜ができず、持ち前の前向きさを生かして、どうやったらできるのか?野菜作りを学ぼうと、楽農学校生きがいコースを一年間受講。
芽が出て実がなると楽しくて、すっかり野菜作りのとりこに。
楽農学校卒業後は、神戸市西区で小さな畑を借りて、野菜作りをスタートしました。
55歳の頃、家族を見送り、介護もなくなったそう。その時、車で畑まで行くのはしんどい。これからは、家の近くに畑があり、のんびり暮らせるところに住みたいと思い始めました。
そんな時、田舎暮らしのイベントで青垣町が宅地分譲していた今の場所を知り、引越しを即決。
まだ定年まで年数があったご主人は反対したそうですが、それなら、一人で移住しますと宣言。
ついにご主人も根負けして、ご主人は神戸、美乃里さんは、青垣町で暮らす生活がスタート。でも、仲のいいお二人なので、週末にはご主人が青垣町へ通う状態だったそうです。
今では、ご主人も定年退職され、青垣町に移住、趣味の写真を縁に田舎暮らしを楽しんでおられます。
圃場の様子
さて、そんな星見さんのご自宅ですが、最初は、周りにたくさん畑はあるものの、自分の畑はない状態。
ダメ元でやってみようと、耕作していない畑の持ち主のところへ訪問して、畑を貸してくださいと直談判。
今では、ビニールハウスも含めて家の周りに4箇所、合計2反弱の畑を借りています。
借りた畑の中には、長い間耕作していなかったために、開墾し直した場所もあったそうです。
でも、「やってみなくちゃ分からない」が口癖の星見さんにとっては、フロンティア精神が刺激されて、とにかく楽しかったそう。
花がいっぱいのオープンガーデン
現在、作っている野菜は年間約70種類。
お伺いした6月の時点では、なた豆、トマト、ほうれん草、ゴーヤ、こんにゃく、うど、サツマイモ、ヤーコン、スイカ、加古川メロン、すもも、りんご、ブルーベリー、イチジクなど、畑のほんの小さなスペースにも何かが植わっているという状態でした。
また、これらは減農薬有機肥料で育てているそうです。
お邪魔した時に、プチプヨという珍しいミニトマトをその場で収穫していただいたのですが、サクランボのような食感でとても美味しいものでした。
また、星見さんは、花作りにも凝っておられます。
たんばオープンガーデンの活動に参加しており、今年6月には、参加している「丹波の森花くらぶ」が、まちづくり功労者国土交通大臣表彰をいただいたそうです。
そのほかにも、若者を地域に呼ぶ町おこしに参加したり、兵庫県の県民街並み緑化事業に応募して、助成金を活用。地域の花壇を整備する活動にも一役買っています。
しっかりと記録された農業日誌
さらにすごいのは、そういった活動をパワーポイントでまとめて発表したり、地域のお年寄りを講師として招いて、白菜漬け教室やケーキ教室を開催されているところ。
朝5時から畑仕事をしている毎日だそうですが、それでも時間が足りないとか。
また、毎日の畑仕事は農業日誌にまとめ、講座などもレシピをきちんと整理整頓されています。
友達が多い星見さん。作った野菜は、友達を呼んで収穫体験をしたり、道の駅で販売したり。
また、息子さんが千葉県でカフェを開いているそうで、そこへ野菜を送り、お店の食材として使っているそうです。とくに星見さんが作ったニンジンは、お客さんからも甘いと好評だそう。
道の駅で販売している野菜については、主婦ならではのアイディアでその野菜を使ったレシピをつけたり、栽培のこだわりを書いたりして、売るための工夫も楽しんでいます。
さて、田舎暮らしに憧れる人は多いですが、実行に移すには勇気がいるもの。そんな人に何かアドバイスをとお聞きしたところ、
「あと一歩が出ないことが多いですが、それは、その人それぞれの決断ですから。私は、ダメ元でやってみるがモットーなので、まず動いてみます。そして、意外になんとかなるもんなんです」
と力強いお答えでした。
21歳と若くしてご結婚された星見さん。仕事や子育て、介護と忙しく、青春時代がなかったけど、今こそ青春ですと満面の笑顔。
服もバッグもいらない。畑や花があり、幸せです。ご主人や健康に感謝していますとおっしゃっていました。
前向きな姿勢から、とても学ぶことが多い取材になりました。
神戸市北区淡河町
神戸、三宮から新神戸トンネルを抜けて車で走ること約30分。
ビルが立ち並ぶ都会の風景からうって変わって、山々と田畑が広がる淡河町に出ます。
とても神戸市内とは思えないほど、のどかな風景。気温は神戸の中心部よりもかなり低め。
この淡河町で、4年前に楽農学校 就農コースを卒業して、新規就農しているのが、今回ご紹介する森本聖子さんです。
森本さんは、「ひょうごアグリプリンセスの会(外部リンク)」という女性の就農者グループで活躍するほか、楽農学校OB会のOB会だよりも担当していて、OB会の皆さんにも馴染み深い方です。
森本さんの農場を訪ねたのは、10月中旬のこと。
圃場は、3カ所に分かれており、2反弱の広さがあります。そこにイチゴ用のハウスや野菜用のハウスが合計3棟。また、露地栽培も手がけています。
栽培方針は、少量多品種。森本さんいわく「あまり計画していないので、何種類作っているかわからない」そうですが、訪問した時でも20種類近くの野菜が栽培されていました。
作っているのは、イチゴやセロリのほか、少し珍しい品種が多いのが特長。例えば大根でも紅芯といった紫色の大根や、キャベリッチという結球しないキャベツ、プチベールやミントなどです。
無農薬栽培ではないそうですが、できるだけ農薬を使わず、使うとしてもごく少量で効果の弱いものを使うようにしているそう。また、肥料もできるだけ化成肥料ではなく、有機肥料を使っているそうです。
栽培している珍しい野菜は、インターネットで種を取り寄せるのかと思いきや、種苗屋さんへ行き、購入しているそう。というのも、ネットではその作物の詳しい栽培方法がわからないため、種苗屋さんへ行き、直接質問するからです。
神戸出身の森本さんは、新興住宅地で育ち、社会人になってからは、旅行代理店に勤務していました。旅行は野菜と違って形がなく、また、未来のことを販売する商売。それに対して、農業は、種をまき、育てて収穫し、それを売るという非常にシンプルなもの。
全く異なる業界から就農した森本さんに、なぜ、農家になろうと思ったのかと聞いたところ、こんな答えが返ってきました。
「父母の田舎が鹿児島の田舎だったので、夏休みなどに帰省すると、田畑で遊んでいたんです。そして、田舎の人が餅をつき、蕎麦をこねるのを見て、田舎の人は何でもできてカッコいいなあと思ってたんですね。そんな原体験があり、最初は貸し農園を借りて野菜を作り始めたんです。」
そうして、野菜を作るのが楽しくて、楽しくてという毎日。
そんなある日、楽農学校を知り、就農コースを見学に行った森本さん。農場を見た途端、「これだ!」とひらめいたそう。
実は、ご主人は就農コースではなく、生きがいコースに行くのではないかと思っていたそうですし、就農コースの面接時には、先生方から、きゃしゃな若い女性で務まらないのではと、心配されたそうです。
しかし、就農コース在学中に初めて、ワサビ菜を販売して売れた時には、大感激。それから、ますます農業熱に火がつきました。
ちなみに、就農コースの良いところとして、実際に販売まで体験できるところとのこと。経験者ならではの言葉です。
森本聖子さん
楽農学校卒業後は、農地を探すところで苦労があったそうですが、持ち前の負けん気でハードルを乗り越え、淡河町に畑を借りることが出来ました。
その後は、地元の人が「よく借りれたね」と驚くような縁がつながり、家も借りることもでき、神戸市内から引越し、コツコツと実績を積み上げています。
現在は、神戸ベイシェラトンホテルのレストランへ食材を卸したり、東急ハンズ三ノ宮店で実施しているマルシェで直売を行っています。
また、神戸ベイシェラトンホテルでは、森本さんが窓口になり、神戸市西区や稲美町の若手農家とも協力しているそう。
シェフやお客様へ直接販売することで、お客様のニーズを聞くことができ、それが次に作る作物のヒントにもなっています。また、シェフから野菜について教えてもらうこともあるとか。
淡河町は、都心からも近いという利点を生かし、大規模農家にはできないニッチな農業を進める森本さん。これからやりたいことを聞いてみたところ、すぐに返ってきた答えが、「今は、都心へ野菜を売りに行っていますが、淡河町の魅力を発信して、淡河町に都会の人を呼びたい」と。
まちづくり団体とも協力してイベントをしたり、行政の支援もあるそうで、追い風が吹いているようです。
また、これから農業を志す人たちへは
「他の仕事を経験してから就農している人は、これまでの農業にとらわれず、新しいことに挑戦している人が多いです。神戸のような消費地が近い場所での就農は、そういった新しい農業に向いていて、小規模でも成り立つので意外とありだと思います」
と心強い言葉をいただけました。
とにかく農業が好きで、欲を出さずに自分ができることを工夫するうちに、流れに乗っている森本さん。とても楽しそうに農業の話をされるのを見て、農業ラブを感じました。
森本さんの野菜は、東急ハンズ三宮店でのマルシェで購入できます。開催日は、東急ハンズのホームページでご確認ください。
毎日放送「ちちんぷいぷい」の
取材を受ける五島さん
今回は、野菜の情報交換会「野菜の楽園」を担当されている就農コース3期生 五島 隆久さんから、神戸市西区で営まれている五島農園について、寄稿頂きました。五島さんは、有機栽培での野菜作りを行っており、そごうや西武百貨店などへ付加価値の高い野菜を販売されています。
<以下、五島さんの寄稿文>
日本で有機農業が始まって42年。第一世代の有機農業者は、大量生産・大量消費・大量廃棄を嫌い有機農業を始められました。販路は、世界に先駆けて農業を支えようと立ち上がった消費者運動の先駆的主婦でした。
時を経て、次世代有機農家を目指す私は、有機農産物の優位性は栄養価であり食味だと思っています。
そのためには植物生理学に基づいた施肥や栽培管理が求められます。即ち、見てくれの良い野菜は、健康な生育を意味し、おいしい野菜はミネラルを豊富に含み予防医学の点からも優れた食品と言えます。
■営農の現状
圃場の様子
TV朝日の「人生の楽園」で単身お父さんのイチゴ白書として放映されたのが2011年1月です。脱サラしてイチゴ栽培を始めて4年目の出来事でした。放映中から電話やメールが殺到、出荷先である六甲のめぐみでは翌日からお客が急増し、TV放映の反響の大きさに改めてビックリしました。
就農7年目になった現在、就農前に立てた5年毎の計画の第2節になります。最初の5年(第1節)は、栽培技術の習得と事業として成り立つことを目標にしていました。第2節になる今の目標は、「さかぐちファーム」(外部リンク)のブランド力の向上です。どうやって差別化し付加価値を高めるかを模索しています。栽培方法の改善・新品種の栽培・販売方法など、やりたいことはいっぱいありますが、1年単位でしか結果が出ないため時間がかかり、思うように進まないこともありますが意欲で乗り切ろうとしています。
現在1名の研修生を預かっています。計画にはなかったのですが、これから農業を始める人の役に立てればと思っています。
最後になりましたが、妻の協力により昨年秋、大阪の家を引き払いイチゴハウスの近くに居を構え、単身お父さんとはさよならしました。
私は、生まれ育ちも東京で、野菜を育てる経験はほとんどない生活を50数年以上送っていました。ところが、2012年9月から楽農学校の『生きがい農業コース』を受講する機会に恵まれました。
都会育ちの私ですが、実は、家政学部の食物学科を卒業し、家庭科の教師として特に日本の食文化は力を込めて教えてきました。その中で日本の食糧自給率が低いこと。特に味噌、醤油、納豆となる大豆の95パーセントを海外に頼っている現状は、万が一、輸入が止まった場合、日本の食文化が根底から継続できなくなると心配していました。そのため、学校では、生徒の誰かが、将来大豆農家になってくれると助かると力説したものです。
ところが、遺伝子操作の表示を撤廃しようとしているTPPや、3.11の原発事故など、大豆をとりまく世の中の動きは、悪化していくばかりで、2011年の夏には、日本古来の種を残しておくことを急ぐ必要があると、強く感じるように。
その頃、調べてみると、日本では、米と大豆は収穫したものを次の年の種に出来る固定種がほとんどでした。しかし教え子が頑張って大豆農家になったしても、はたして日本古来の大豆の種が残っているかは未知数です。(現在普及している品種改良されたF1という種は、一世代目の野菜の出来がよく、収穫した野菜から採った種をまいても良い野菜ができない事がほとんどなのです)
そこで、誰かに頼るのではなく、少しでも自分が大豆を育てて種を残していくと決意して2012年3月に退職。4月から、深夜バスなどを利用して兵庫、東京を往復して楽農学校の駅前講習に参加しながら、まずは100坪位の耕せる土地つきの家を探しました。
なぜ、兵庫?と聞かれることが多いのですが、高校からの親友が神戸出身で兵庫に元々好感を持っていたことと、30年以上前から兵庫に旅行に来るたびに兵庫の方と接して標準語でしか話せない私でも受け入れてくれる雰囲気があり、関西に住むなら兵庫だと以前から考えていたからです。この直観は兵庫に住んで14か月の現在、地域の方々とのふれあいの度に正しかったと感じています。
家を探し始めて、一緒に東京から移転した長女が気にいったのが上郡にある今の家。元の持ち主さんの、お名前は種継(たねつぐ)さん、…実際に出来るかどうかはわからないけど種を継ぎたいという意志の私にとっては運命の出会いだと思いました。
2012年9月から兵庫で暮らし始め、『生きがいコース』が始まりました。駅前講習で、大豆だけでなく他の野菜の固定種を残せるのは生活がかかっているプロ農家ではなく、むしろ家庭菜園にこそ出来るということを知り、意気込んでいました。でも、実際は畑を耕すのも初めてで、不安と興味が半々に混ざった気持ちで開講式に列席したことを思い出します。
そんな不安も、さまざまな質問に丁寧に答えて下さる先生方のご指導で少しずつ消えていき、初心者の私でも野菜は、すくすくと育ち、それが励ましと心からの喜びになっていきました。初心者でも野菜を育てることが楽しさになるように先生方が蔭で苦心して下さったお蔭だと感謝しています。有難うございました 。
生きがいコースの半年間を思い返す際、ほ場から見た夕焼けが目に浮かびます。
不安は減っても技術の未熟は現実で、秋の農場準備では、慣れている方々は早々に畝建てを終わらせて帰られ、気が付くと残っているのは受講が初めての数名。夕闇がせまってくる中、どうにか終わらせて見た夕焼け。
冬は三つ葉の間に、三つ葉そっくりの雑草がはびこり雑草を一本一本抜いていたら、あっという間に日暮れ。ほ場に残っているのは三、四名の受講生のみ。この日は風も吹いていて、
「こんな日に、こんな時間まで畑に居るのって、よっぽど野菜が好きじゃなきゃ出来ないよね」
と言い合いながら三つ葉を食べた時も神出の山は夕闇に包まれていました。私一人でほ場に残っていたのなら三つ葉を見捨てて早く帰ってしまったかもしれません。実習生の仲間と、声をかけ合ったり、野菜の話しをする事が私にとっては楽しく、続けられた要因だと思います。何人かの方々とは今でも、お付き合いをさせて頂き嬉しい限りです。
また、加工実習で作った千枚漬けを食べた時のおいしさも忘れられません。野菜の味だけでなく加工実習の過程も同じグループの皆様とワイワイと助け合って作業する事が楽しく、市販されているものでは味わえない満足感がおいしさを倍増させてくれました。
後悔しているのは復習をしないまま試験を受けた事。自分がどこまで理解しているかの確認のためにも勉強すべきでした。それに、兵庫の自宅に畑を作って約1年、苗を買うにも生きがいで植えた苗の品種を覚えていたほうがよかったと反省しています。
今年の春、夏はトマト、オクラ、ズッキーニ、トウモロコシ、キュウリ、ナス、ピーマンなどを育て、朝どり野菜を食べられる生活を味わえました。ただ肝心の大豆は殆どが虫の餌になってしまいました。これから修行です。
今の私の畑にはブロッコリー、大カブ、キャベツ、小松菜等と『生きがい』で教えて頂いた野菜が植わっています。一人でどこまで出来るかドキドキですが、楽しみでもあり、大根が育ったら坂越の牡蠣で生きがいの仲間と家で鍋を囲むのが当面の望みです。生きがいの皆様、今後もどうぞよろしくお願します。
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